ソニック & ルージュ 後編
エッグマンランドの中心部。そこには直径百メートル以上にもわたり地中深くえぐられたタテ穴が広がっています。
『ガイア神殿』の跡地です。
かつてこの星の"癒し"のためにあったその神殿はエッグマンランドの地下に押し込められていたのですが、ある大きな戦いの中でここから浮上し、今は大地の奥底で眠りについているのです。
そのタテ穴の奥底に音もなく降り立った人影があります。それは周囲を注意深く見回した後、満足げにこう言いました。
「フフッ。ここに溜まってたロボットもみーんな連れてってくれたようね♪」
ルージュです。手元のレーダーでソニックが指示通り遠方にいるのを確かめると、ゆっくりと歩き始めます。
「やっぱ持つべきは、お人好しなハリネズミのお友達だわ~」
......彼女が、ソニックに敵を押し付けて遠くに追いやったことは間違い無さそうです。そうしておいて自分は逆に、この中心部のタテ穴に向かっていたのでした。
ほどなくして高い岩の尖塔が立ち並ぶ最深部にたどりついたルージュは、淡く光る石を見つけて拾い上げ、愛おしそうに頬に押し当てます。
「やっと見つけたわ♪ かわいいかわいいアタシの......」
「......誰の、何だって?」
背後からの問いに、石を頬に当てたまま真顔になるルージュ。
「あら......?たのんだお仕事放り出してきたの?悪いコねえ」
ゆっくりと振り返りながら問い返すルージュの表情は、いつもの優雅な笑顔に戻っています。
「もっと悪いコがいると知ったら、いてもたってもいられなくってねえ」
底の知れないニヤニヤ顔で答えたのは、まさしくソニックでした。
エネルギー検知器でカオスエメラルドの位置を知ったソニックは、自分を利用してカオスエメラルドを持ち去ろうというルージュのたくらみに気付き、ここで待ち伏せしていたのです。
彼の位置を知らせていた通信機は、今も向こうにある遊具のコーヒーカップの上でクルクル回っていることでしょう。
「で、そのカオスエメラルド、どーするつもりだ?」
......ルージュは悪びれもせず、にっこりと笑って返します。
「どーするって、そりゃ持って帰るわよ......言ったでしょ?」
左手の指輪から右手のカオスエメラルドに視線を移しつつルージュは続けます。
「いい宝石を手に入れると、もっといい宝石が欲しくなるってね!」
そう言いざま、懐から取り出した煙幕玉を地面にたたきつけました。
<< ぼん!>>
あたり一帯が白い煙に包まれます。
「Hey!さっき言ったのと違うぞ!」
ソニックが煙を振り払うと、すでにルージュは大きな脱出用のバルーンにつかまって空の上です。
「......ホントはね、アタシの調査なんてとっくに終わってるのよ♪ 一応役に立ってはくれたから、約束通り情報は共有してあげるわ。
エッグマンランドが再稼働したのは、七色の流れ星......カオスエメラルドが偶然ここに落ちたのが原因よ」
ちょっと段取りは狂いましたが、とにかくカオスエメラルドは手に入れました。ルージュは逃げるための時間稼ぎトークを始めます。
「ホラ、ここにあった『ガイア神殿』って、カオスエメラルドのパワースポットでもあったじゃない?
そのせいかここを通じて、うーんと地下にある神殿の方がカオスエメラルドに反応して、見つけられないままこの辺一帯にエネルギーをバラまき始めちゃったみたいなのよ」
ソニックが動く気配はありません。
「でね。それで考えたんだけど......こうやってアタシがカオスエメラルドを持って行っちゃえば、ここも静かになって一件落着じゃない?」
ナルホドねと、ここでソニックが口を開きます。
「OK、まあ今はそれが必要になるような世界のピンチじゃあないし、そもそもカオスエメラルドは誰の物でもない。
だからルージュがそれを持ってったって全然かまわないさ。でも......」
「でも?」
「さすがに一杯食わされて横取りされるっていうのは、気分のいいモンじゃないんでねぇ」
ニヤリとしてそう言った次の瞬間、ソニックはルージュの眼前に迫っていました。
「!?」
ソニックが岩の尖塔の斜面を使い、スピンダッシュで空に飛び上がったのです。ルージュと交差したソニックの手の中には、彼女のカオスエメラルドがありました。
「あっ!ドロボー!」
ウインク1つをすると、ソニックは余裕の笑顔でタテ穴の底へ落ちていきます。ルージュがやっきになってそれを追って下に降りようとした......その時です。
<< ゴゴゴゴゴ......!>>
突然、エッグマンランドの灯りが全て消えたかと思うと、大きな地鳴りと共に大地が揺れ始めました。
タテ穴の底の全域から、まばゆい光の筋が次々と無数に立ち昇ります。その光はあらゆる方向に広がり、ソニックが着地する頃にはタテ穴の底は光の洪水で満ちていました。
そしてその光に呼応するかのように、ソニックの持つ5つのカオスエメラルドも輝き始めたのです。
「これは......!?」
黒ずんだカオスエメラルドに光が戻っていきます。
かつてガイア神殿があったこの場所に、一度に5つものカオスエメラルドが集まったからなのか、加えて神殿とゆかりのあるソニックが居合わせたからなのか......何にせよ、地中深くでまどろむ力の主がカオスエメラルドを「見つけ」、力を送ってくれているのです。
これを上空から見ていたルージュは、その光景のあまりの美しさに息を呑みました。
今やただ暗い廃墟の闇が広がる中、その闇をタテ穴の輪郭でクッキリと切り取ったかのような巨大な光の粒が、七色の光を対流させながらその輝きを増していっているのです。
それはあたかも、上等な黒いベルベット生地の上に置かれた高貴な宝石のように見えました。
「......!」
ルージュはその美しさに瞠目(どうもく)し、憧れの目でそれを眺めると......満足のため息をもらします。
現実主義者のルージュにとって、実際に手に取れない宝石に価値はありません。ですが「もっと良い宝石」のヒントとしてルージュはこの光景を大いに堪能し、満足したのでした。
......そこへ足元から、ソニックの呼びかける声が聞こえてきます。
「Hey! 取り返しに来ないのかー?」
張り合いが無いぞと言わんばかりに、カオスエメラルドを手に叫んでいます。
もちろん、この現実の宝石を諦めるつもりはありません。この際エッグマンランドにいる間は何をしてもお互い様でしょう。ルージュは目を細めて不敵な笑顔を作ると、いったん諦めたフリをして奇襲のチャンスをうかがいます。
「はいアタシの負け負け! そんなハリネズミくさいエメラルドなんて要らないわよ。それより......」
<< ズズン......! >>
と、そこまでルージュが言ったところで、眼下のタテ穴が地響きを伴って外周部から崩落し始めます。
<< ズゴゴゴ......! >>
「What!? 今度は何だ? いい加減にしてくれ!」
元々が不自然な形でうがたれたタテ穴...... あの光の奔流には耐え切れなかったのです。エッグマンランドの建築物もなだれ込み、辺り一帯は大崩落となりました。
......チャンスです。
今奇襲すれば、ソニックの持つカオスエメラルド5個すべてをかっさらうこともできるかもしれません。有難いことに、まさに今目前で、倒れこんできた巨大なエッグマン像を避けたソニックが足を滑らせ、土煙の中に落ちていくではありませんか。
ソニックならあれぐらい大丈夫でしょう。土煙がはれた一瞬を狙った頭上からの奇襲に賭け、ルージュは全神経を集中させます。目を凝らすこと数十秒。
すると......
「レディをお待たせして恐縮だけど、そろそろ失礼するぜ? ところで、さっきは何て言おうとしてたんだ?」
通信機からソニックの陽気な声が聴こえてきました。
がっくりと肩を落とすルージュ。ソニックはとっくに脱出していたのです。さらに、彼の通信機はここからはるか遠くに放置された物のはず......もはや彼に追いつくことも不可能と悟ります。
本当にこの男は、万事が万事こちらの思い通りになってくれません。
「うっさいわね。何でもないわよ!」
そう言って通信を切ってバルーンを持つ手を放すと、ルージュはぷりぷりと怒りながら自らの翼で空へと滑り出しました。
一方のソニックは、ポカンとした表情からすぐにいつもの調子に戻ると、声の届かない通信機に向かってあいさつを投げてその場から走り去ります。
「じゃあなルージュ。今日は楽しかったぜ?」
夜が白み、愛と欲望の空間『エッグマンランド』に朝が訪れました。
2人のゲストを迎え、一夜だけにぎわいを取り戻して倒壊したこの遊園地は今や完全に沈黙し、いよいよ本格的に廃墟としての風格を備え、乾いた朝日の中にその影を落としています。
それを背に、結局手ぶらで帰ることになったルージュは、今回のてん末に悪態をつきながら空を飛んでいましたが、ふと昨晩のあの光の宝石について思い返すとしばし沈黙します。
それにしても、あの現実離れした美しさは圧倒的でした...... 現物を入手する前に、より良い宝石の価値を知ってしまった場合はどうすれば良いのでしょうか?
「......ま、自分で見つけるしかないわよね」
『理想の宝石』という名の「モチベーション」。今回の件は、考えようによっては全く手ぶらというわけでも無かったというわけです。
今回はこれでチャラにしておこう。そう思い立って少し機嫌を直したルージュは、こう言うと朝日の中に消えていくのでした。
「どんな宝石だって必ず手に入れてみせるわ...... 世界中の宝石は、みーんなアタシの物よ♪」