ソニック & シャドウ
星空に満月を臨む、ビジネスとショッピングの流行発信地『ミッションストリート』。そのメインストリート沿いの店舗ビルの屋上に、夜空を見上げるソニックの姿がありました。
今夜はここへ、ちょっとした天体ショーを見にやってきたのです。
例によって早く来過ぎたソニックが、ヒマつぶしに街の喧噪を見下ろすと......裏の路地で何かと争う、黒いハリネズミの姿が目に入りました。シャドウです。
シャドウはあらゆる点でソニックに勝るとも劣らない、手ごわい相手の一人です。
彼は必ずしも悪に与する存在ではありませんが、その冷徹で目的のためには手段を問わない性格は、時としてソニックたちをも敵に回す危うい純粋さをも内包しています......
そのシャドウがこんな所で何を?
不審に思ったソニックがシャドウの元に降り立つと......
そこには黒煙と火花をあげ、無残に破壊された軍用偵察ドローン『ビートル』の残骸が2、3体転がっています。 これは、ただごとではありません。
お前がやったのか、というニュアンスを込めてソニックがたずねます。
「よう、シャドウ。楽しそうだな?」
「君には関係ない。僕の邪魔をするな」
ぞんざいに答えるとシャドウは一瞬で闇に消えます......が、それに立ち遅れるソニックではありません。ミッションストリートの表裏を縫って、高速の追走劇が繰り広げられます。
壁走りから建物の屋根を跳び渡り、トンネル内で高速で交差しながらの空中格闘......ややあって、恐ろしい速度で繰り出されたシャドウのかかと落としが一閃、ソニックがそれを両腕で受け止めました。
「(これを止めるか...)」
「(避けきれなかったぜ...)」
一瞬の硬直の後、飛びのいて距離を取ると、シャドウがイライラしながら口を開きます。
「なぜ僕につきまとう」
「オマエの悪事が、またオレのせいにされたら困るんでね」
「ハ、自意識過剰なんじゃないか? 僕は忙しい。そろそろ失礼させてもらう」
シャドウはソニックをいちべつすると、やおら明滅する石を取り出します。......カオスエメラルドです。
「Wait! 待て!」
「カオス・コントロール!」
一瞬、まばゆい閃光が走ります......! そしてその光がやむと、その場からシャドウはこつ然と姿を消していました。
『カオスコントロール』......カオスエメラルドの力を使って空間をゆがめてワープを行う、シャドウの得意技です。
先の戦いで力を使い果たし、本調子でないカオスエメラルドでこれをしてのけるとは、さすがはシャドウといったところでしょう。 一人取り残されたソニックは、夜空を見上げるのみです。
「シャドウ......」
......数分のち。
メインストリート裏の、不自然に大きな銀行ビルに、音もなく押し入るシャドウの姿がありました。 足元には新たに仕留めたビートルの残骸が転がっています。
「ここだ。間違いない」
奥から現れる武装ビートルを破壊し、応戦する警備員を打ち倒しながら2階の金庫室へ歩みを進めます。 そして中央の金庫室にたどりついたシャドウが、その強固な扉の前に見たものは......
金庫室の扉のカードキーを片手にヒラヒラさせ、ニヤニヤ顔で立つソニックの姿でした。
前にテイルスから借りた『エネルギー探知機』を使ってシャドウの位置を特定し、別ルートで忍び込んでいたのです。
軍用のビートルが街中にいたこと、それが破壊されたのに警報の一つも鳴らさず、あまつさえ警告なしに発砲までしてきたこと......
とにかく何か、尋常でないことが起こっているとソニックは考えたのでした。
「で、君はそのカードキーと引き換えに何を......
......いや、愚問か。君はただ面白そうなこの状況の全貌を知りたいだけだ」
不機嫌そうな短い溜息をついて顔を上げると、シャドウはコトの次第を語り始めました。
「ここは表向きは銀行だが、それはフェイク......実態はある筋の兵器研究所だ。先の戦いでドクターの基地から押収した、謎の発電カプセルの研究が行われている。偽装とはいえ街中で兵器開発とは恐れ入る」
そこまで言うと、ゆっくり歩みを進めながら後を続けます。
「僕はこのカプセルが偽装された時限爆弾で、今日の24時に爆発するという情報を得た。街の半分くらいは消し飛ぶ威力らしい。 彼らに伝えたが信用しない。だから僕がきた。君はどうなんだ?」
シャドウはソニックの目の前で立ち止まると、挑むような視線を向けました。数秒の間が流れます。
「どうって言われてもねえ」
あまりにも唐突な話です。 ソニックがどう答えようかと迷ったその時、あのエネルギー探知機が異常なまでの高エネルギー反応を検知してアラート音を発しました...... 反応は金庫室の中です。
「......テイルスのメカを信じることにするぜ」
シャドウをニヤリとして見やりながら、ソニックはカードキーを扉のカードリーダーに通します。ガチャリという重い金属音が、扉の内側から聴こえました。
そしてシャドウがどうでもいいという表情で、扉のノブに手をかけたその瞬間......!
<ばん!>
と扉が内側から開き、中から大勢の研究員たちが必死の形相で駆け出してきました。
『逃げろ!』『爆発するぞ!』
逃げ惑う人々、施設全体に響き渡る緊急サイレン。周囲は騒然となりました。
ソニックとシャドウが中に躍り込むと、そこは思っていたよりもずっと広く、奥の実験台の上に電磁バリアに守られた、直径1m、長さ2mほどのカプセル状のガラス体が、強烈な光を発しているのが見えました。
そしてその時......こんな時にもかかわらず、室内に大量に配置されていた守衛ビートルが、2人の侵入者をめざとく見つけ攻撃を仕掛けてきます。
「ったく仕事熱心にもホドがあるぜ...... シャドウ、オマエは爆弾を!」
「......!」
手前の3機をあっという間に片付けるソニック。その爆風の中からシャドウが猛然と走り出します。 接近を感知して電撃を発する電磁バリア......は、シャドウが触れる寸前に消失。 この一瞬の間でソニックがバリアの発生機を見つけ破壊しています。 そして...
「カオス・コントロール!」
シャドウのカオスエメラルドから光の輪があふれ出し、周囲をおおいます。 そしてそれが消えると......爆弾は影も形も無くなっていました。そして その数秒後...
ミッションストリートの遥か上空で大爆発が起きます。
まるでもう一つ月ができたような大火球。後追いで轟音が地表を撫でていきます。 窓から飛び降りつつそれを見たソニックは、サムズアップで大歓喜です。
一方、カオスコントロールですでに外にいたシャドウは、不満げな表情でこれを見ていました。 本当は宇宙まで飛ばしたかったのです。ですが不調のカオスエメラルドではこれが限界でした。
シャドウはカオスエメラルドを、ソニックに放って渡します。
「シャドウ......?」
「こんなフェイクにも劣る物など必要ない。お人好しの君に渡せば、復活なり何なりしてくれるんだろう?」
カオスエメラルドを片手で受け取りながら、あきれ顔でソニックは答えます。
「......一応礼を言おうと思ったけど、やっぱりやめとくぜ」
「なぜ僕につきまとう」
ミッションストリートから離れ、裏さびれた小道をゆくシャドウは、ニヤニヤしながら後をついてくるソニックに振り返りもせず問いかけました。ソニックも両手を頭の後ろに回し、夜空へよそ見をしながら問い返します。
「なぜって聞きたいのはこっちの方だぜ。いつからオマエは、人知れずみんなの平和のために働くヤツになったんだ?」
「......平和だの何だのに興味はない。他人がどうなろうと知ったことか。
僕はこの星で、愚かな存在が好き勝手するのが気に食わないだけだ。それがドクターであろうと、君を含めた他の誰であろうともだ。勘違いするな」
......数秒の沈黙が続きます。シャドウは不機嫌顔で、ソニックはやはりニヤニヤ顔です。
「OK。わかったよ。せいぜい気を付けるさ。でも、今日みたいなことがあれば、オマエに感謝したいってヤツは結構いると思うけどなあ」
「くだらない。そんなものは......」
業を煮やしたシャドウがついに足を止め、黙れと言わんばかりにソニックの方に振り返ると......
「......!?」
そこには遠い街の灯りをバックに、シャドウの方を見ながら右腕をのばして夜空を指さして立つソニックと、その指し示す先には輝く満月...... そしてさらに、そのちょうど真上に浮かんでこちらを見下ろす『スペースコロニー・アーク』の姿が見えました。
超然とした光景の中、月光を下から受けて神々しくすら見えるアークに、シャドウは思わず息を呑みます。
『アーク』......希望とあやまちの方舟(はこぶね)。かつてシャドウが生まれ、大切なものと時間を数多く得て、失った場所。この星を守るため、あまりにも多くの物をささげた、真空に浮かぶ廃墟......。
年に一度、衛星軌道のめぐり合わせで、満月の真上にアークが見える晩があります。
ミッションストリートはそれが良く見える絶景ポイントの1つで、暖かい街の灯りの海に、凛(りん)として冷たく浮かぶ2つの「月」を臨む天体ショーは、ソニックのお気に入りだったのでした。
無言でアークを見上げるシャドウ。
かつての出来事について、彼の胸の内にどれだけの記憶と真実が残されているか、そして今何を思うのかは誰にもわかりません。 ですがこの沈黙こそが、ソニックへの回答のようにも思えました。
それを受けたかのように、ソニックはゆっくりとその手を下ろしていきます。
意味ありげなその動きをシャドウが目で追うと......
ソニックはその手をそのまま自分の顔に向け、ニヤリと笑うではありませんか。
「くだらん......!」
吐き捨てるようにそう言うと、シャドウは道の脇のしげみの裏にあったバイクにまたがります。大きな軍用バイクです。あらかじめここに用意しておいたのでしょう。
何かを言おうとするソニックを拒否するかのようにエンジン音を轟かせると......
「......2つ目は余計だ」
そのままフルスロットルで走り出します。追わずに見送るソニックの表情はいつものニヤニヤ顔ですが、どことなく残念そうにも見えました。
星空に満月を臨む、ビジネスとショッピングの流行発信地「ミッションストリート」。
この暖かい灯りがともる平和な街から、はじき出されるようにぽつりと離れていく1つの影がありました。
それはあまりにも小さく、誰も気に留めるものはありませんでしたが...... この街の喧噪を見下ろす「月」だけは、その影をいつまでもいつまでも、見守り続けているように見えたのでした。
懐に入って来られる稀有(けう)な関係
『ソニックアドベンチャー2』
シャドウは、Dr.エッグマンのおじいさん、プロフェッサー・ジェラルドによって生み出された、恐るべきパワーとスピードを持った究極生命体。
ソニックとうり二つの姿の黒きハリネズミです。とはいえ、似ているのはそのシルエットだけ。性格や傾向は全く別物なのです。
2人が最初に出会ったゲームタイトルは『ソニックアドベンチャー2』。
過去から世界への復讐の執行者として現れたシャドウと、それを阻止せんとするソニックたちとの間で、熱いバトルが繰り広げられました。
『カオスコントロール』もこのタイトルからでしたね。
お互い、対等以上かもしれないライバルの出現に激しい対抗心をもってぶつかり合い、最後にはその実力だけは認め合う境地にまで達しました。......もちろんそのこと自体は、お互い絶対に口外しては認めないでしょうけども。
『ソニックアドベンチャー2』でのシャドウの物語は、自分が生みだされた本当の理由を知る旅でもありました。そんなかたっ苦しいことは考えずに自由気まま、自分の心の望むままに生きてきたソニックとはとても対照的です。
一方、シャドウもこの後『ソニックヒーローズ』『シャドウ・ザ・ヘッジホッグ』『ソニック・ザ・ヘッジホッグ(2006)』と冒険を重ねる中で、しがらみや宿命、そして記憶といった過去からの呪縛と向き合い、彼なりの「心の望むまま」の境地に達しつつある......ように見えます。
ですが、シャドウの暗い底からの葛藤からたどり着かんとするその境地は、ソニックのそれとは経緯も質も全く異なる物だと言えるでしょう。
さて、ソニックに対してのシャドウ、シャドウに対してのソニックは、どういう存在なのでしょうか。
1つ言えるとすれば、それは彼らが互いに「自分の懐に入ってこられる稀有な存在」ということです。
ソニックもシャドウも、身体能力やその思考において高いパフォーマンスを持つがゆえに、彼らについていける者はそう多くはありません。
彼らが拒絶してもなお、食い下がって意見を言ったりおせっかいを焼いたり、或いは立ちはだかって止めようとしたりできる存在となれば、もっと少ないでしょう。
実際、シャドウにここまで懐深く入って何かを言えて、それが心に届く(届かないことも多いですが)のは、ソニックくらいではないでしょうか。
こういった存在はある意味厄介なものではありますが、本当に大切な存在の1つでもあります。
もっとも、多少耳が痛いことを言われてもウエルカムなソニックはともかく、シャドウから見たソニックは面倒くさいことこの上ない存在なのでしょうねえ......。
これからも、ソニックとシャドウは会うたびにぶつかったりすれ違ったり、時には敵味方に分かれもしながら、彼らの「心の望むまま」に活躍を続けることでしょう。
2人の緊張感あるやりとりを、これからも楽しんでいただければと思います!