SEGA

SEGA-SAMMY GROUP

 
Dreams come true 中村 正人さんインタビュー
Page1 Page2 Page3




ソニック・ザ・ヘッジホッグ
MD 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』
1991年7月26日発売
ソニックのデビュー作。
中裕司を中心に開発。
日本での発売に先駆け、
北米では1991年6月23日に発売。
6月23日がソニックの誕生日に。
音楽は、中村正人。
『ソニック』は映画音楽のようにつくりたかった

――作曲する時は、どのようにイメージをふくらませていたんですか?

 
デモ機と開発中のロムをいただいて、それを見て曲のイメージをつくっていました。
画面の中では、まだあんまり音速じゃないソニックが走っていることもありました(笑)。
開発者の方からステージ毎に、「こういう色味です、背景です、
近未来的な世界です」なんて説明だけはしていただいて、
そこから曲のイメージをつくるわけです。
……あ、そういえば、絵コンテや背景だけをいただいたこともありましたね(笑)。


――『ソニック』を作曲する時のコンセプトって、ありましたか?

 
僕は『ソニック』を映画みたいにつくりたかったんですよ。

まずプレイしながら口ずさめるメロディーがあって、ドキドキするシーンではドラマチックな音楽が流れ、
ボスキャラが出てきた時には映画のラストシーンのような音楽、それで最後はホッとする曲が流れて、
いわゆるスタッフロールにつながっていく。……絶対にそういうものにしたいと思っていたんですよね。
今はRPGなどで、そういう手法はポピュラーですが、
当時、ソニックのようなアクションでそのようなゲーム音楽はなかったと思うんです。

だから、画面をよく見ながら、ゲームのテンポを崩さぬように、
メロディが不自然にならないように作曲していったんです。
あとはグルーブ感も失われないように気をつけました。ソニックはスピード感が大切ですからね。


ソニック・ザ・ヘッジホッグ
これが『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』
1面「グリーン・ヒル」。
最初に完成したのが、
この面の音楽だった。


――最初にできあがった曲は何ですか?

 
最初にできあがったのは、「GREEN HILL」。次がオープニングです。

…実は、『ソニック』の曲作りは、ドリカムのアルバムをレコーディングしながら行っているんですよね。


――同じスタジオ内で、ですか?

 
はい。アルバムのレコーディングに煮詰まると、『ソニック』を作曲するんです。
で、『ソニック』で煮詰まるとアルバムのレコーディングをしていました(笑)。

『ソニック』で4音~5音しか使えない時に考えていた発想が、
逆にストリングスの壮大な曲の発想を生んだり、今度はストリングスのアレンジに行き詰まった時、
シンプルな『ソニック』の音楽をやることにより、とてもいい気分転換になったり……。
僕の中で、全然違う正反対の発想を使い分けながら、作曲していました。

ステージ毎にチェックシートをつくって、
曲が出来上がる度にチェックを入れる作業がすごくうれしかったなぁ(笑)。


――ちなみに、当時は曲が完成したら、どのように受け渡し等を行っていたんですか?

 
出来上がった曲は今だったらデータをメールで送れば済むんですが、
当時はカセットテープに音を録音してね(笑)、
その音を技術者(サウンド)に聴いてもらって、メガドライブ用に再現してもらうんですね。
するとチップがむき出しの開発機材が僕のところに届いて、
今度は僕がその音を聴いてチェックするんです。
…今だったら考えられないけど、当時はそれを繰り返して、やっと製品化という運びでした。


――製品になった『ソニック』は、中村さん自身もプレイされましたか?

 
完成した時は、ものすごく嬉しかったですし、
できればゲームをやりながら全部の曲を聴いてみたいじゃないですか。
でも、僕はゲームが下手なので、それができないんですよ。
僕は1面クリアーするのもやっとだったから、
セガに無敵になるコマンドを入れてくださいってお願いしたくらいなんですよ(笑)。

それくらい苦手なものだから、必死に吉田(ドリカム・ボーカル吉田美和)に張り付いてましたね。
吉田は本当にゲームが好きなんです。『ソニック』や『マリオ』の1面は、
目をつぶってクリアーしますからね(笑)。
いや、これは例え話ではなく、本当に目をつぶってクリアーするんです。
だから、『ソニック』も吉田にクリアーしてもらって、音楽を全部聴くのが楽しみでした。

Page1 Page2 Page3