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Dreams come true 中村 正人さんインタビュー
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『ソニック』は僕にとって、すごく大きな存在。

――『ソニック』のキャラクターが初めて披露されたのが、
  ドリカムのコンサートだという話があるのですが、ご存知でしたか?


 
「WONDER3」のコンサートかな。いわゆる看板車というやつなんですが、
当時はセガにサポートしてもらって、
コンサートの機材を運ぶ11tトラックの側面にソニックを付けたんですよね。


――会場内では、まだ雑誌にも登場していない『ソニック』のチラシを配布したそうですね。

 
そうでした、そうでした。今考えるとすごく画期的なことですよ。
当時はいわゆる一般的になっていないバンドが、
看板車にゲームのキャラをつけて走り出すというのは…。
『ソニック』はドリカムのコンサートから世界へ拡がっていったと思うと感慨深いですねぇ。


――コンサート会場の楽屋まで開発スタッフがお邪魔して、
  サウンドチェックを頼んだという話も聞いていますが、これは本当ですか?


 
はっきり覚えていますよ、本当です(笑)。
『ソニック』の開発チームは本当に「これからっ」という感じの若いチームで、
何度も言いますが、熱意がすごかった。もうどこにでも、いらっしゃいましたから(笑)。
あと、時間もなかったんでしょうね……(苦笑)。


ソニック・ザ・ヘッジホッグ
MD 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ2』
1992年11月21日発売
SEGA OF AMERICA を拠点に、
中裕司を中心に開発。
テイルスが初登場、
ふたり同時プレーが可能に。
音楽は、中村正人。


――さきほどレコーディングの話がありましたが、
  『ソニック2』を作曲した時のエピソードがあれば披露していただきたいのですが。


 
『ソニック2』の時は、ロンドンで4thアルバムのレコーデングをしていたんです。
やっぱりドリカムのアルバムをつくりながら、『ソニック2』の音楽をつくっていました(笑)。
先に『ソニック2』の作曲が終わったんですが、
アルバムのレコーディングは終わらなかったですねぇ(笑)。
そのうち『ソニック2』が発売されて、ロンドンの街中でも『ソニック2』の曲がバンバン流れ始めたんです。
「これ、僕がつくったんだよ」って言ったら、それまでは全く反応してくれなかったエンジニアや
スタジオのスタッフがみんないきなり尊敬してくれて……。
自分のつくった『ソニック』のメロディーを、イギリス人が口ずさんでいるのを聴いて、
僕自身鳥肌が立ちましたね。

僕は本気でグラミー賞をめざしているんですが、その時はじめて
「世界の人々に音楽が伝わるってこういうことなんだな」って実感しました。
ゲームは「世界共通」という言葉が当たり前になっていると思いますが、
日本の文化の中から生まれた音楽を世界に届けるのは、まだまだ難しいんですよね。
……だから、いまだにあの時のね、ソニックが世界中に愛された感覚を、
オレたちの音楽で味わいたいという目標を持っているんです。


――ドリカムの楽曲のなかには、
  『ソニック』の音楽に歌詞をつけたものもあると伺ったんですが、紹介していただけませんか。


 
例えば『ソニック2』のエンディングテーマに歌詞をつけたのが「SWEET SWEET SWEET」という曲です。

僕は映画から発想していたので、ゲームのなかで流れるメロディーが、
ゲームをクリアーすると歌詞付きの音楽が聴けたり、
あるいは作曲をしているアーティストのアルバムに収録されていると嬉しいな、と。
そこでエンディングテーマが、僕らのニューアルバムに入るというコンセプトはどうだろうか、
というコラボレーションを考えたわけです。

ゲームの充実感て言うんでしょうか、やっと辿り着いたエンディングテーマが、
ドリカムのアルバムに収録されていて、ちゃんと作品として存在してるんだ、
ということがやりたかったんですよね。……画期的でしたねぇ(笑)。

それから『ソニック』でつくったメロディーがドリカムの曲になっているのは、
「SWEET SWEET SWEET」の他にも、まだあるんですよ。
「MARRY ME?」という曲の一部にソニックのフレーズが使われていますし、
「SWEET DREAMS」というタイトルで「SWEET SWEET SWEET」の英語バージョンもつくりました。
『ソニック』が世界中で愛されているので。

なにより『ソニック』でつくったメロディーは僕の作品としてとても大切なものですから、
そのモチーフを1曲に仕上げたいなという気持ちは今もまだあるんです。
だから、これからも『ソニック』のメロディーはドリカムの音楽のなかに登場するかもしれません。


――来年で『ソニック』は 15周年なんですが、この15年間で『ソニック』に関するエピソードなどありますか?

 
あぁ、15周年ですか…。ソニックも、あの時のチームが願っていたように
セガの看板キャラになりましたよねぇ。この15年間でドリカムも、ロンドンやニューヨークに
活動の幅を広げていますが、自己紹介をする時は必ず
「ソニックの音楽をつくったのは僕だ」と言ってます(笑)。もう、それがね名刺代わりなんです。
みんな喜んでくれる。向こうでのコミュニケーションというか、
スタジオのみんなをやる気にさせるのは、やっぱり自分がドリカムとしてどうのこうのというよりは、
彼らが愛した音楽をつくったのは自分だと伝えるのが、一番説得力があるんです。

「ソニックの1、2は僕がやったんだよ」と言うと、みんな歌い始めますからね。
「♪トゥトゥッートゥ、トゥールー、トゥトゥトゥトゥトゥールー」って(笑)。

そういう意味で、この15年間、ソニックのおかげでいろんな方とコミュニケーションがスムーズになった。
音楽の力って、スゴイですね。何度も言うけど、誰でも口ずさめるというのが本当に驚異的ですよね。

ゲームセンターの前を通ると、UFOキャッチャーから『ソニック』の音楽が聞こえてくるじゃない。
そしたら、やっぱり立ち止まっちゃうんですよ。いろいろ思い出して涙がじわーっと出てきちゃう。


――最後に、ソニックファンへメッセージをお願いします。

 
「ソニック」、あるいは「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」と最初は呼ばれていましたが、
“ヘッジホッグ”という言葉自体を広めたのも、実は『ソニック』なんじゃないかな。

僕は日本が誇るカルチャーだと思うんです。
そのカルチャーのひとつのパートを担当させてもらったのは、
本当に光栄、ただその気持ちだけですね。
だから、その、なんていうんですかね、英語で言うところの
I'm proud of it.
日本語で言うと、ちょっと伝わり方が違っちゃうかもしれないけど、本当に誇りに思っているんです。

『ソニック』は僕にとって、すごく大きな存在。
『ソニック』のメロディーは、音楽家として大切なもの。
またどこかで、中村正人と『ソニック』が出会えたらいいな、うれしいなと思っています。

2005年4月13日 収録


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