――『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の音楽を作曲することになったのは、
中村さんがデビューして間もない頃の話になりますか?
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そうですね。「ドリームズ・カム・トゥルー」として、まだデビューして間もない頃に、
「ソニックの音楽をつくってみないか」というお話をいただいたので、すごく驚きました。
音楽をやらせてもらえることは純粋にうれしかったんですが、
僕が本当にソニックの音楽をやりたいと思ったのは、
実はセガのみなさんの「マリオに勝ちたい」っていう気持ちだったんですよ。
当時、マリオはすでにゲーム界の巨人でしたよね。もうスゴかったですよ。
それに勝ちたいというソニックの開発チームの
熱意に感動しました。このチームのためなら何でもやりたいなぁ、という気持ちになったんです。 |
――初めてゲーム音楽を担当するということに、戸惑いはありませんでしたか?
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ゲーム音楽というと、やっぱり初めはインベーダーゲームのようなピコピコ音を思い浮かべました(笑)。
でも、戸惑いはありませんでしたね。
当時、音楽制作そのものも転換期にあって、僕らの時代から「打ち込み」という、
コンピューターを使って音楽を制作する、
そういうのが始まった時代だったんです。
まさに僕が『ソニック』の音楽をやらせてもらえるというタイミングとちょうど合うんですよね。
…アートやエンターテイメントが、コンピューターを中心に動き出した。
そんな時代に『ソニック』は生まれたんですよ。 |
――すると『ソニック』の音楽も「打ち込み」でつくられたんですか?
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実際の作曲はアタリのコンピューターで行いました。
苦労したのは、音数の制限があったことかな。
当時は、「同時発音数」なんて言葉があったくらいで(笑)、
ハードの性能上、同時にいくつまで音を出せるか、その数が決まっていたんですね。
「同時発音数4音」と言えば、同時に4つまでしか音を鳴らせない(苦笑)。 |
――現在のようにCDのクオリティをそのままゲームで再現することができないんですよね。
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だから、ゲーム音楽は腕の見せどころでしたね。
制限された音数で作曲しなくちゃいけないですから(笑)。同時に鳴る音が4つしか使えないから、
例えばベースドラムが鳴っているときは、あとはコード2音とメロディ1音で曲を構成しなければならない。
……音楽的な知識がなくちゃできなかったし、コンピューター的な知識もないとできない仕事でしたね。 |
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